2023年12月16日

真偽のほどは確認しようがないと付記する「米国の名優ダスティホフマンが読めば、食堂のメニューでも何か伝わるものがあるという話」があるということをこの記事で知った。

筆者は「人は言葉の意味だけを受け取っているのではなく、どんな人がどんな状況で話しているかによって、言葉の意味以上の内容を受け取ってしまう側面があるのだろう」と記している。

そして、例えとして次の2例を紹介している。

一つは「頂き女子」、二つ目は「政治家」。

共に直近のメディアを賑わす報道事案だが、二つ目の事例「政治家」に対する筆者の考え(以下)に共感したので引用して紹介したい。

 

・・・政治家の方々はいろいろな事案で説明を求められると「適切に対応する」と話す。

具体的にどんな対応をするのか、まるで分らない。「適切に対応する」で後の言葉は断ち切られてしまう。多分、「適切に対応する」人たちは、対話をしたくないのだ。

話し合って理解するためではなく、自分の都合を通すために言葉を使う。説明責任を果たすべきだと言いながら、対話にならない言葉を吐き続けるから、伝わるものは何もない。・・・

このような国のトップをはじめ大方の閣僚の発言を見聞きすれば開いた口の塞ぎようもなく、この国の先行きに暗澹となるのは私だけではないだろう。