写真を長年続けてきた私が「遊縁の衆」で短歌を嗜むようになり、短歌も写真もそれぞれ創るプロセスに共通点があることに気付いた。
そしてこの二つを融合させたら面白いと考えて「情景を切り撮って詠う」ということを試行しながら【 写真短歌 】として紹介している。
そのメリットは相乗効果と補完効果に尽きると思うが、短歌を独立した作品とする場合はその推敲に工夫が必要とも言える。
写真短歌の中の短歌は写真の呪縛から如何に自由になれるかが課題と言えるが・・・。
それはそれとして、この写真短歌の広がりに淡い期待を持っているのも事実と言える。
作品は写真および短歌ともに自身が手掛けたもの「写真短歌-Ⅰ」と他者の写真に当方が短歌を添えた作品「写真短歌-Ⅱ」とします。ただし、何れも短歌が単独で「やましん歌壇」に掲載された作品とします。
・写真短歌-Ⅰ:写真および短歌ともに自身が手がけたもの
・写真短歌-Ⅱ:他者の写真に当方が短歌を添えて共同制作としたもの
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壁面にホーロー看板列をなし昔日語る北の路地裏 -
早朝の散歩路に咲く草藤も部屋に飾れば趣き醸す -
半世紀通いし店舗の昇り旗冷やしシャンプーの文字踊りおり -
丘一面のネモフィラ分くる人の列夜空に流るる天の川のごと -
圧巻の千五百体のひな人形祭りの後の行く先いずこ -
御斎灯(おさいとう)の炎に映える石鳥居見上ぐる空に繊月の光(て)る -
時を経て社会貢献かたち変えシーズは死蔵のスーツやジャケット -
碑(いしぶみ)を覆いて蔓延る蔦の緑かたえの紫陽花枯れて残れり -
雨の止み紅花摘めば恵あり射し込む夕日は彩りの濃き










