2019年11月25日

最近のメディアで大学入試改革の一環で英語の民間検定が問題になっておりそのことに対する識者(京大名誉教授)の意見が載っていた。

そもそも小学校への英語、英会話の授業導入ということは大分以前から取上げられていて多くの識者が反対しており当方の経験を踏まえても同様に反対(当方の言葉で言えば“英語より国語の”充実)である。
「日本語で物事をまともに考えられない人間が英語で語れるはずがない」というのが持論です。

その根拠は当方の次のような経験から生まれている。

当方が企業で働き始めた頃、就業時間前の企業内英会話で記憶に強く残っていることがある。外国人の先生から結婚式で女性が使用する“角かくし”と“綿帽子”の違いを問われ誰も応えることができなかった。

そもそも日本語で考えても知らなかったことが理由。                              ことほど左様に、歌舞伎、文楽、・・・日本文化の大半の内容について日本語でも語れないのが現実だった(今もあまり変わりがないが・・・)。

その後、海外の建設現場を幾つか経験する中、外国人を中心に時折開催されるパーティーでは仕事以外の話題は求められておらず話題に窮した経験が幾度もあった。

識者の例を挙げれば・・・藤原正彦の著書「国家の品格」の第6章なぜ「情緒と形が大事なのか」の“③国際人を育てる”で次のような項目で日本人の英語が触れられている。

・日本人の英語下手の理由:

・外国語は関係ない

・外国語より読書を

詳細は省くが氏の他の著書「日本人の矜持」などでも本テーマについて触れられている。次のように紹介されている著書なので参考にされたい。

~~国家は将来ある子供たちの芽を摘もうとしている。英語早期教育、薄い国語教科書、愚かな平等教育、歪んだ個性の尊重・・・。真に身につけるべきは、読書による国語力、基礎の反復訓練による我慢力、儚いものの美を感得する感受性、歌う心、卑怯を憎む心。そして、大人たちは、カネと論理を妄信するアメリカ化を避けねばならない。碩学賢者九名が我らが藤原先生と縦横無尽に語り合う。~~