写真を長年続けてきた私が「遊縁の衆」で短歌を嗜むようになり、短歌も写真もそれぞれ創るプロセスに共通点があることに気付いた。
そしてこの二つを融合させたら面白いと考えて「情景を切り撮って詠う」ということを試行しながら【 写真短歌 】として紹介している。
そのメリットは相乗効果と補完効果に尽きると思うが、短歌を独立した作品とする場合はその推敲に工夫が必要とも言える。
写真短歌の中の短歌は写真の呪縛から如何に自由になれるかが課題と言えるが・・・。
それはそれとして、この写真短歌の広がりに淡い期待を持っているのも事実と言える。
写真短歌-Ⅰ:短歌が“やましん歌壇”に「短歌」の単独作品として選歌掲載されたもの
写真短歌-Ⅱ:学生時代から現在までの写真に短歌を付与して写真短歌とした中から気に入っている作品

  • 木漏日がいざなう小路その先の休みどころにひとの気配なし

  • 春寒し蝶もしばしの羽根やすむ山の小径の陽だまりの中

  • 春蘭にまた逢えたねと声かけぬ春まだ浅き山路の片方 

  • 冬の列車は吹雪く山あい割きて行く向う先にはフクシマの街