2020年3月16日

かつて(3.11大震災以降)このコラムで何度か数値の評価に関連して次のような事案を書いた。

・2011.10.31 NHK報道への反応「食品の放射線汚染のサンプリング手法」

・2014.05.20 再び数字の扱いについて(福島原発による子供の甲状腺がん調査)

・2015.05.28 海外派遣自衛官の自殺54人の記事と数値の扱いについて

その内容は拙著のデジタルブック「続 私的アンソロジー“しあわせの構図”を参照されたい。

続_私的アンソロジー”しあわせの構図”

単に理工系の発想の性と言いきれない問題が潜んでいると思われ首件の報道を見て感じることを記す。

COVID-19については5度ほど当コラムで触れており今回で6度目となるが現時点で山形県は感染者が発見されていない7県の一つとなっている。

そもそも感染者数はその検査実施数と併せて発表され、評価されるべきと思う。

つまり母数(分母となる検査数)に対して発見された感染者数として評価されるべきであり単に感染者数の数のみに焦点をあてて語るべきではないと思う。

山形県も検査数が増やせば(昨日で百数十件との報道)感染者がいないとは言い切れず感染者数がいないと安心してはいられない。

先日のTV報道で確か和歌山県は国(厚労省)の検査に対する指針?基づかないで独自の判断で検査指針と実施体制で行う(検査数を増やす)と表明していた。

また、以前首相の独断で小中高の休校措置の要請があった際に島根県知事は感染者が出た時点で実施すると表明したことを思いだした(島根県も感染者が発見されていない7県の一つ)。

何れも根拠が乏しい国(厚労省)の要請に異を唱えた貴重なアクションだと考えたい。